2017/12/13
パークタワー・ブルース・フェスティバルを振り返る ブルース
12月になると忘年会、年賀状、クリスマス色々と忙しくなりますが、かつてちょうどこの12月中旬の時期に開催されていたパークタワー・ブルース・フェスティバル (Park Tower Blues Festival) を今でもたまに思い出します。このフェスで1997年に初来日したカーター・ブラザーズの話題を先日ツイッターでしたので、こっちでもちょっと話題に出してみたいと思います。
1994年から2003年まで、西新宿のパークタワー・ホールで開催されていたこのフェスは、ブルース好きにとってはたまらないものでした。シカゴやミシシッピまで出かけないとなかなか見ることができないような、知る人ぞ知るアーティストの来日を次々と実現させ、確実に日本のブルースの歴史に大きな足跡を残したフェスです。
ジェリー・ロール・キングス、ヴァーノン・ギャレット、キャロル・ブラン&クラレンス・ホリマン、レイジー・レスターなどなど、そのラインアップは今、見てもクラクラするほどすごい!よくやったなあと思います。今やもう見られない人も多数。ここで見てファンになったというお客さんも多々いたことでしょう。
一瞬ブルースとは結び付かないような、西新宿の高層ビル街の中の小ぎれいなホールでやっていたのも、なかなか面白かったんですよね。こじんまりしていて見やすかったし、長丁場で疲れたら、ロビーや外へ出ていっぱいやりながら休むというのもオツなものでした。ロビーにはサムズのレコード販売ブースもありました。
これを忘年会代わりに集まっていたブルース好きも多かったのではないでしょうか。僕もフェス終了後に更に西新宿の飲み屋街で飲み続けた夜が思い出されます。
このフェス、ホールの所有者の東京ガスが、企業イメージ向上の一環で芸術振興に乗り出し、パークタワー・アート・プログラムという企画を立ち上げたのが発端でした。様々なジャンルのアート・イベントをこのホールで開催するようになり、その中の一つがこのブルース・フェスだったのです。こんな経緯なので、当初フェス自体は営利目的ではなく、だからこそ普通ならば呼べないようなコアなラインアップが実現したのでした。
その後、フェスの予算は削られていき、最終的にはアート・プログラム自体がなくなってしまいました。後年は形式こそ当初と同様でしたが、企画をしていたプロモーターさんがホールを借りて、営利ベースでやるイベントとなっていました。営利イベントとしてはかなり厳しかっただろうと思います。
2003年、10周年を迎えたのを機にフェスは終焉を迎えましたが、そのような状況だったので、終わってしまったのはやむを得なかったかなぁと思います。とても残念でしたが、個人的にはそれまでのフェスに感謝しかありませんでした。僕自身、このフェスのおかげて見ることができた人も多かったですし、会場で新たな交流も多々ありましたので。
フェス出演アーティストへのインタビューも色々させてもらいました。ワシントンホテルのレストランで話を聞いたボビー・ラッシュ、妹尾隆一郎さんと一緒に話を聞いたリトル・サニー。スヌークス・イーグリンは、インタビュー終了後、ご夫妻の新宿でのお買い物にも付き合ったっけ。中でも面白かったのは、シル・ジョンソン。もう話し出したら止まらないんです。ソウルとブルースは何が違うのか、特別講義になっておりました(笑)。
僕は、ブルース銀座の中にフェスの情報サイトを作成していましたが、これをプロモーターからも公式サイトと認めて頂いておりました。
【フェス公式サイト】 http://bluesginza.web.fc2.com/ptbf/
通常はこのようなウェブサイトは、イベントが終了すれば削除されてしまいますが、僕はフェスがなくなって14年経った今でも、当時の状態のままブルース銀座の中にアーカイブとして保存しています。記録しておくことに価値があると考えるからです。
もう一つの大きなブルース・フェス、ジャパン・ブルース&ソウル・カーニバルもやらなくなって久しいですが、またこのようなフェスができる状況になってほしいものです。
1994年から2003年まで、西新宿のパークタワー・ホールで開催されていたこのフェスは、ブルース好きにとってはたまらないものでした。シカゴやミシシッピまで出かけないとなかなか見ることができないような、知る人ぞ知るアーティストの来日を次々と実現させ、確実に日本のブルースの歴史に大きな足跡を残したフェスです。
ジェリー・ロール・キングス、ヴァーノン・ギャレット、キャロル・ブラン&クラレンス・ホリマン、レイジー・レスターなどなど、そのラインアップは今、見てもクラクラするほどすごい!よくやったなあと思います。今やもう見られない人も多数。ここで見てファンになったというお客さんも多々いたことでしょう。
一瞬ブルースとは結び付かないような、西新宿の高層ビル街の中の小ぎれいなホールでやっていたのも、なかなか面白かったんですよね。こじんまりしていて見やすかったし、長丁場で疲れたら、ロビーや外へ出ていっぱいやりながら休むというのもオツなものでした。ロビーにはサムズのレコード販売ブースもありました。
これを忘年会代わりに集まっていたブルース好きも多かったのではないでしょうか。僕もフェス終了後に更に西新宿の飲み屋街で飲み続けた夜が思い出されます。
このフェス、ホールの所有者の東京ガスが、企業イメージ向上の一環で芸術振興に乗り出し、パークタワー・アート・プログラムという企画を立ち上げたのが発端でした。様々なジャンルのアート・イベントをこのホールで開催するようになり、その中の一つがこのブルース・フェスだったのです。こんな経緯なので、当初フェス自体は営利目的ではなく、だからこそ普通ならば呼べないようなコアなラインアップが実現したのでした。
その後、フェスの予算は削られていき、最終的にはアート・プログラム自体がなくなってしまいました。後年は形式こそ当初と同様でしたが、企画をしていたプロモーターさんがホールを借りて、営利ベースでやるイベントとなっていました。営利イベントとしてはかなり厳しかっただろうと思います。
2003年、10周年を迎えたのを機にフェスは終焉を迎えましたが、そのような状況だったので、終わってしまったのはやむを得なかったかなぁと思います。とても残念でしたが、個人的にはそれまでのフェスに感謝しかありませんでした。僕自身、このフェスのおかげて見ることができた人も多かったですし、会場で新たな交流も多々ありましたので。
フェス出演アーティストへのインタビューも色々させてもらいました。ワシントンホテルのレストランで話を聞いたボビー・ラッシュ、妹尾隆一郎さんと一緒に話を聞いたリトル・サニー。スヌークス・イーグリンは、インタビュー終了後、ご夫妻の新宿でのお買い物にも付き合ったっけ。中でも面白かったのは、シル・ジョンソン。もう話し出したら止まらないんです。ソウルとブルースは何が違うのか、特別講義になっておりました(笑)。
僕は、ブルース銀座の中にフェスの情報サイトを作成していましたが、これをプロモーターからも公式サイトと認めて頂いておりました。
【フェス公式サイト】 http://bluesginza.web.fc2.com/ptbf/
通常はこのようなウェブサイトは、イベントが終了すれば削除されてしまいますが、僕はフェスがなくなって14年経った今でも、当時の状態のままブルース銀座の中にアーカイブとして保存しています。記録しておくことに価値があると考えるからです。
もう一つの大きなブルース・フェス、ジャパン・ブルース&ソウル・カーニバルもやらなくなって久しいですが、またこのようなフェスができる状況になってほしいものです。
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